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編みかけのことば——8

「青りんごと、ため息」

果物屋にりんごが並びだすと、

夏も終わりだ。

 

店の中ほどで目立たず陳列されていたのが、

店頭へ移るころには、

あちらこちらでりんごが行きかうようになる。

わたしが住む東北地方では、

産地が近いせいか多くの家庭に常備があるもので、

お裾分けをしたり、ちょっとした御礼などでも重宝する。

 

りんごといえば、

水中で踊る青りんごが忘れがたい。

夏休みになると、

穂高岳や槍ヶ岳、といった上高地の山々へ登るのが、

家族の年中行事だった。

登山を終え、

へとへとになって下山した目には、

土産物屋の青りんごが真っ先に飛び込んできた。

 

缶ジュース類が沈む水桶の中には、

まだ青い小ぶりのりんごが、

水遊びするように、

ぷかぷかいくつも浮かんでいた。

湧水をひいた水は澄み、

手を入れると指がちぎれそうに冷たかった。

 

旅の記憶は、時として、

うまくいったことよりも、

うまくいかなかったことの方が心に残る。

 

毎夏の山行きを、

父は、半年前から綿密な計画をたてた上で、家族を率いた。

電車や山小屋の予約をはじめ、

子供が歩くペースを考慮したルートの確認、

リュックや登山靴の点検‥‥‥。

それらの詳細を、

いつも胸ポケットに入れている手帖に、

ちびた鉛筆で几帳面に書き込んでいた。

 

ある夏、無事に山から降りてきて、

バスターミナルに着くと、

そこは、思いのほか大勢の登山客でごった返していた。

 

東京方面から上高地へ向かうには、

新宿から中央本線の特急「あずさ」で

松本へ行き、松本電鉄に乗り換えて、

新島々駅で下車する。

そこから先は、

バスで1時間半の道のりだ。

梓川の渓谷沿いを走る道中には、

見下ろすと震えあがるくらい深い谷もある。

 

その時は、ちょうど運悪く予期せぬ大雨で崖崩れが起こり、

道路が通行止めになっているらしかった。

復旧作業のため、どの方面へ向かうバス便も遅れていた。

混雑するバスターミナルで、

図体の大きな汗臭い登山リュックに押し合いへし合いされながら、

わたしは、父が焦りはじめるのが分かった。

あらかじめ決めていた時刻前後のバスでここを出発しないと、

松本駅発新宿行きの特急列車に乗ることができなくなる。

 

当時、お盆連休中のあずさ号は人気があり、

父は毎年、朝一番で駅に並び、

やっとの思いで四人がけのボックスシートを予約購入していた。

 

しかし、じりじり待っていても、

乗る予定だった時刻の便はおろか、

後続の便も、他方面へのバスも、来る気配がまったくない。

「この次の便に乗れて松本駅へ着いたら、

全速力で走るぞ、ホームへ駆け込めば、

大丈夫、間に合う。俺が電車を止めといてやる」

 

そんな最後の望みも、ついにすべてなくなると、

父は急にむっつりと黙り込み、

手帖をシャツの胸ポケットにしまった。

 

結局、かなり遅れて到着したバスに乗りこみ、

ようやく松本駅まで辿り着いたときには、

最終の中央本線が出発する時刻となっていた。

 

父も母も妹も、みんなすっかりくたびれて、

車内ががらがらで乗客が少ないのをいいことに、

四人横並びで足を投げ出し、

だらしなく座席に座った。

 

電車は、各駅停車の鈍行だった。

駅にとまるごとにドアが開くと、

湿り気のある生暖かい外気が、

冷房のきいた車内に流れ込む。

闇の中、ホームの外燈には、虫たちが群がっていた。

 

塩尻―。

甲府―。

大月―。

 

車内アナウンスのあとで列車のドアが開閉するたびにたてる、

自転車がパンクしたときのような音は、

長く深いため息に聞こえた。

わたしたちの席、誰が座ったんだろうね、

と、妹が言った。

 

それでも、

唯一予定通りに終わらなかったあの年の山行きは、

やがて、皆で苦笑混じりに思い出すようになった。

まるで楽しかった出来事みたいに。

 

父はいま、酸っぱい青りんごの香りや、

鈍行列車のため息のことはもちろん、

山へ行ったことすら全部忘れてしまった。

そういえば、

黒表紙に金縁の、あの小さな手帖は、

まだ実家に残っているだろうか。

目をつむり、

階段下の押し入れの戸を、

そうっと開いてみることを思い描く。

仕切り棚の上に重ねられた、

泉屋のクッキー缶の中には、

几帳面に整理され、

束になった手紙や手帖、書類が詰められている。

黴臭い匂いがたつ。

手帖を手にとり、

消しゴム跡の残る鉛筆書きのルートを、指先で辿る。

夏の終わり。

 

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