- Akiko Takano
- 1月14日
- 読了時間: 4分
編みかけのことば——8
「青りんごと、ため息」
果物屋にりんごが並びだすと、
夏も終わりだ。
店の中ほどで目立たず陳列されていたのが、
店頭へ移るころには、
あちらこちらでりんごが行きかうようになる。
わたしが住む東北地方では、
産地が近いせいか多くの家庭に常備があるもので、
お裾分けをしたり、ちょっとした御礼などでも重宝する。
りんごといえば、
水中で踊る青りんごが忘れがたい。
夏休みになると、
穂高岳や槍ヶ岳、といった上高地の山々へ登るのが、
家族の年中行事だった。
登山を終え、
へとへとになって下山した目には、
土産物屋の青りんごが真っ先に飛び込んできた。
缶ジュース類が沈む水桶の中には、
まだ青い小ぶりのりんごが、
水遊びするように、
ぷかぷかいくつも浮かんでいた。
湧水をひいた水は澄み、
手を入れると指がちぎれそうに冷たかった。
旅の記憶は、時として、
うまくいったことよりも、
うまくいかなかったことの方が心に残る。
毎夏の山行きを、
父は、半年前から綿密な計画をたてた上で、家族を率いた。
電車や山小屋の予約をはじめ、
子供が歩くペースを考慮したルートの確認、
リュックや登山靴の点検‥‥‥。
それらの詳細を、
いつも胸ポケットに入れている手帖に、
ちびた鉛筆で几帳面に書き込んでいた。
ある夏、無事に山から降りてきて、
バスターミナルに着くと、
そこは、思いのほか大勢の登山客でごった返していた。
東京方面から上高地へ向かうには、
新宿から中央本線の特急「あずさ」で
松本へ行き、松本電鉄に乗り換えて、
新島々駅で下車する。
そこから先は、
バスで1時間半の道のりだ。
梓川の渓谷沿いを走る道中には、
見下ろすと震えあがるくらい深い谷もある。
その時は、ちょうど運悪く予期せぬ大雨で崖崩れが起こり、
道路が通行止めになっているらしかった。
復旧作業のため、どの方面へ向かうバス便も遅れていた。
混雑するバスターミナルで、
図体の大きな汗臭い登山リュックに押し合いへし合いされながら、
わたしは、父が焦りはじめるのが分かった。
あらかじめ決めていた時刻前後のバスでここを出発しないと、
松本駅発新宿行きの特急列車に乗ることができなくなる。
当時、お盆連休中のあずさ号は人気があり、
父は毎年、朝一番で駅に並び、
やっとの思いで四人がけのボックスシートを予約購入していた。
しかし、じりじり待っていても、
乗る予定だった時刻の便はおろか、
後続の便も、他方面へのバスも、来る気配がまったくない。
「この次の便に乗れて松本駅へ着いたら、
全速力で走るぞ、ホームへ駆け込めば、
大丈夫、間に合う。俺が電車を止めといてやる」
そんな最後の望みも、ついにすべてなくなると、
父は急にむっつりと黙り込み、
手帖をシャツの胸ポケットにしまった。
結局、かなり遅れて到着したバスに乗りこみ、
ようやく松本駅まで辿り着いたときには、
最終の中央本線が出発する時刻となっていた。
父も母も妹も、みんなすっかりくたびれて、
車内ががらがらで乗客が少ないのをいいことに、
四人横並びで足を投げ出し、
だらしなく座席に座った。
電車は、各駅停車の鈍行だった。
駅にとまるごとにドアが開くと、
湿り気のある生暖かい外気が、
冷房のきいた車内に流れ込む。
闇の中、ホームの外燈には、虫たちが群がっていた。
塩尻―。
甲府―。
大月―。
車内アナウンスのあとで列車のドアが開閉するたびにたてる、
自転車がパンクしたときのような音は、
長く深いため息に聞こえた。
わたしたちの席、誰が座ったんだろうね、
と、妹が言った。
それでも、
唯一予定通りに終わらなかったあの年の山行きは、
やがて、皆で苦笑混じりに思い出すようになった。
まるで楽しかった出来事みたいに。
父はいま、酸っぱい青りんごの香りや、
鈍行列車のため息のことはもちろん、
山へ行ったことすら全部忘れてしまった。
そういえば、
黒表紙に金縁の、あの小さな手帖は、
まだ実家に残っているだろうか。
目をつむり、
階段下の押し入れの戸を、
そうっと開いてみることを思い描く。
仕切り棚の上に重ねられた、
泉屋のクッキー缶の中には、
几帳面に整理され、
束になった手紙や手帖、書類が詰められている。
黴臭い匂いがたつ。
手帖を手にとり、
消しゴム跡の残る鉛筆書きのルートを、指先で辿る。
夏の終わり。
