「かせくり」


 この間の修理があがりましたよ、という電話を受けた。
 ミシンと編み機の修理販売をしているKさんからで、私はもっぱら編み機の調子が悪くなった時にお世話になる。今回は、編み機に付属して使用する器具の故障の具合を見てもらっていた。
 ニットリーダーという名の細長い器具は、一段編むごとにカチカチと段数ダイヤルが進んでいく。製図どおりに編み上げるために使われる。それがふた月ほど、余計に動いたりさっぱり動かなかったり、気ままな進み加減となっていて、昨年末、仕事の一区切りがついたのを機会に預かって修理してもらうことにした。
「やっぱり、バネが固くなっていたんだよわ」
 翌日に来たKさんは、いつものように丁寧に不具合の理由を教えてくれた。それから、
「探しもの、やっと見つかりましたよ」
 と、ニットリーダーと一緒に手にしていたビニール袋の中から、かせくり器の箱と糸巻き器を取り出し、机の上に並べた。ふたつとも、しばらく前から希望をだして頼んでいたものだった。
 糸を輪状に束ねたものは、かせと呼ばれている。輪の円周は一メートル前後。糸染めをするときはこの状態で染め、その後、かせをかせくり器にかけて糸巻き器で巻き取る。かせくり器は、たとえていえば、ステンレスの骨だけとなった傘を広げたような形をしている。糸を巻くのは手動であり、そもそも家庭用編み機自体が、基本的には手動で機械を動かす。
 家庭用編み機は、現在では、簡易な構造の編み機をのぞいて、各メーカーが製造を中止している。今は社名が変わったが、Kさんが勤めている大手ミシンメーカーの会社が生産を中止すると、相次いで他のメーカーの製品も製造中止となった。そのため、各部品、付属品をふくめ手に入れることが難しく、ネットオークションで見つけるか、人づてに探すしかない。それだから、修理にも明るく、長年の仕事がらニット関係の知り合いも多いKさんの存在は私にとって大きかった。
 今回のふたつの付属品は、地元の仙台では見つからず、東北各地の編み物教室や、かつて編み機を取り扱っていた営業所に連絡をとり、ちょうど近々閉める予定のあった八戸の編み物教室から年明けに送ってもらったということだった。その厚意がありがたかった。
 送料のほうが高くついて、とKさんは侘び、かせくり器を箱から出すと、
「緑いろだっちゃ。緑いろのなんて懐かしいねえ」
 と笑顔で私に見せた。かせくり器の骨の部分の色が青蛙の皮膚のような色だった。今まで、白と青のものは使ったことがあったが、緑いろのかせくり器を見るのはじめてだった。箱には、BROTHER SKEIN HOLDER という文字が大きく印刷されていた。
 ミシンと編み機の販売と修理を長年続けてきたKさんが、修理ついでに話す編み物、それも、すこし前の時代の編み物文化のよもやま話は、草木染の修業のあとで機械編みをするようになった編み物新参者の私にとっては未知の分野だったため興味深く、新鮮に感じられた。
 昭和四十年代が、編み物教室の全盛期だったこと。
 編み物教師の資格をとったり、花嫁修業のひとつとして習う女性も多く、編むのはもっぱら自分の家族向けのセーターやカーディガンだったこと。
 ミシンに比べると、当時の平均月給ひとつき分ともいわれるくらい高額だったために、月賦で買う率も高かったこと。私の三台ある編み機も、その当時のものを譲り受けたものだ。取扱い説明書の中に、茶色く変色した月賦票が挟まっていて驚いたことがある。夫の母も当時教室に熱心に通った一人で、夫は小さい頃、母親に頼まれ、かせくり器がわりに両腕を差し出して糸をぐるぐると巻く作業をさせられた、ということだった。
 Kさんは、どちらかといえば、舞台衣装のような派手なもの、きらきらした装飾がついている服のほうが好みのようだった。仕事場で私のマフラーやサンプルを見せたときには、こういうのはちょっと分かんない、と首をすくめて照れ笑いをした。浅黒くがっちりした体躯ながら、恵比寿様のような笑顔で人なつこく話好きで、今でもかつてのお客さんたちから頼りにされているのがよく分かる。携帯へ電話をかけると、今、庄内にいて、とか、今日はこれから岩手のほう、と県内だけでなく県外への出張も多いらしく、編み機の修理ができる人はほとんどいないから、とKさんが少し誇らしげに口にするのももっともで、そんなときのKさんは、在宅医療にでかける医師を想像させた。
 機械の修理というと思い出すことがある。
 震災から二年経った頃、ドラム式の洗濯乾燥機の調子が悪くなった。少し特殊な機種だったが、故障するたびに修理を依頼し使い続けていた。買い換えてもよかったものの、分割払いで購入した愛着のある洗濯機だったこともあり、様子をみながらなだめすかして使い、今から思い返すと、なにか意地のようなものもあったのかもしれない。
 修理業者の痩身のEさんは、無口でいつも煙草を作業着の胸ポケットに入れていた。最初の不具合は、配水管近くに挟まっていた、衣類に貼る使い捨てカイロが原因だった。その後も何度かお願いし、Eさんがいるから何かあっても大丈夫だとその頃の私は気軽に考えていたところがあった。
 ところが、そのとき修理を終えた後で、もう新しいものを買ったほうがいい、とEさんが言った。今度は別の機種を買ったほうがいい。理由を聞くと、自分は今年で定年し、この仕事から引退する、ということだった。
「この機種は、東北では自分しか直せませんから」
 Eさんは、私にきっぱりとそう言った。同じ年、私は別のメーカーの新しい洗濯乾燥機を買った。意地のような変な執着心もあっけなくなくなったのだった。
 Kさんが帰ったその日の夜、かせくり器の箱に印されて気になっていたSKEINという単語を辞書で調べてみた。
 SKEIN
 ①糸のかせ。もつれ、混乱
 ②(ガンなどの)飛ぶ鳥の群れ
 二番目の「飛ぶ鳥の群れ」とはどういうことだろう。渡り鳥が声をあげながら隊列をつくって飛んでいく様子は、東北に移り住んでから何度か目にしている。鳶が回遊する光景も親しいものとなった。庭に来る雀たちがいっせいに飛び立つ瞬間にはいつも目を見張らされる。
 かせくり器に巻き付けた糸の束は、染める前のかせの状態に比べると、野性的というか、きちんと整ってはいない。原っぱで思い思いに茎や葉をのばす草むらだ。
 糸が糸巻き器に巻き取られ、揺らぎながらくるくると回っているかせくり器は、さながら、つかず離れずに追いかけ飛ぶ鳥の群れのように思えなくもなかった。

2018年2月10日記