top of page
1 日前
読了時間: 2分

編みかけのことば——8

「チャペ爺」


台風が近づいていた朝、

大きな音がして目が覚めた。

どこかで何かを、おもいっきり叩いている音だ。

かたわらの時計を見ると、まだ5時前だった。


寝床でぼんやり、音の出どころを探るうち、

チャペ爺が、庭で植木の添木を作っているのかもしれない、

と気がついた。

台風が来る前に、庭の応急処置をしているのに違いない。


「チャペ爺」は、通りかかるとたいてい庭仕事をしていたから、

きびきびと立ち働く姿が、

カレル・チャペックの、

『園芸家12カ月』にでてくる勤勉で飄々とした主人公と重なり、

わたしが勝手に心の中でそう呼んでいた。


2年くらい前に、思い切って、

こんにちは、と挨拶をすると、

チャペ爺は、

あ、どうもどうもこんにちは。ありがとう。

と、振り向いて言った。

トレードマークのようにいつもかぶっている赤いニット帽、

似合うよなあ、と思った。


それ以来、少しずつ挨拶をかわすようになった。

おはようございます。

どうもどうもおはよう。ありがとう。

さようなら。

どうもどうもさいならあ。ありがとう。


声をかわすたび、

沈みかけた真夏の太陽の下、

ホースでたっぷり水をかけてもらう草花たちのように、

わたしは新鮮で嬉しい心持ちになった。

月日が経ち、わたしが「チャペ婆」となったなら、

気のおけない挨拶ができる相手は見つかるだろうか。


‥‥‥‥‥‥

風音が次第に強くなってきた。

窓の外をのぞくと、横なぐりの雨も降りはじめ、

うちの小さな庭には、もう水たまりができている。


遠くで杭を打つ甲高い音が、

次第に、速さを増す。




 
 
bottom of page